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第3回 お茶の水女子大学ホームカミングデイ(化学科共同企画)

2009年10月10日(土)

炭素系ナノマテリアルの構造と電子物性


丸山 有成
お茶の水女子大学理学部化学科元教授、現在、法政大学マイクロ・ナノテクノロジー研究センター客員研究員


π電子系分子システムとつきあって50年
 1958年10月からの卒業研究として、当時まさに有機半導体としてその物質、概念が認知、確立されつつあったπ電子系縮合多環芳香族化合物を相手として、赤松研究室で井口洋夫先生にご指導を受けたのが始まりでした。
 翌1959年に卒業してからは、東大物性研の井口研究室で、有機半導体の光起電力効果(今日、有機太陽電池として盛んに研究されている)を、有機物と金属、あるいは2種の有機物の界面で検出し、その際、雰囲気効果が深刻で、セルの作製と測定をすべて連続して高真空容器中で行うことが致命的に重要であることを見出しました。
 さらに、分子性固体である有機半導体中の電荷(電子、正孔)や励起子の移動の様子が、固体内の分子の配列に強く依存していることも見出しました。
 1960年代後半になって、有機物質の超伝導性の可能性が議論されるようになり、特に、電子と励起子の相互作用による超高温超伝導モデル( Little, Ginzburg model )の提案は、現在まで私が引きずってきた課題でもあります。
 その副産物として、超伝導ギャップの測定に有効なトンネル分光法を習得し、1972年に物性研からお茶の水女子大学理学部へ移ってから、本格的に有機半導体や導体、超伝導体へのトンネル分光測定を開始しました。まだ、STM(走査型トンネル顕微鏡)が発明される前でした。

 お茶大では、2次元性π電子系層状化合物である黒鉛との関連において、殆ど調べられていなかった黒燐について、単結晶作製、2次元的電子物性などを明らかにしました。

 1984年に、お茶大から分子科学研究所に移動し、分子線蒸着法を採用して、構造制御されたフタロシアニンの超薄膜の作製に成功し、その膜の三次の光非線形効果が分子間の二次元的相互作用に依存することを見出しました。
 1985年には、フラーレン(C60)と名ずけられた特異なπ電子系分子が発見され、1990年に大量合成法が報告され、1991年にはフラーレンのアルカリ金属錯体が、20~30 Kで超伝導転移することが報告されました。我々も、単結晶フラーレンを用いて抵抗値測定で転移を確認し、STMによるC60分子の観察にも成功しました。

 1995年に、分子研を定年退職し、東京小金井にある法政大学工学部物質化学科に移りました。そこで、幸運にも、超高真空分子線蒸着装置に連結した極低温型STM装置を導入することができ、念願であったフラーレン薄膜のその場観察、測定が可能となりました。
 フラーレン分子は、室温では球状で薄膜中でも高速で回転していることを示していますが、低温(25 K)では、バイアス電圧に対応した分子軌道のパターンが観察され、回転が止まっていることと対応しました。さらに走査トンネル分光(STS)モードを使うと電子状態密度のエネルギー分布(トンネルスペクトル)と、それの空間分布を知ることもできます。これを使って、Rbをドープしたフラーレン錯体薄膜のSTS測定により、フェルミ準位付近の状態密度が分子と分子の間で分子直上よりも高まっていることがわかり、これがフラーレン錯体の金属性発現の原因と考えられました。これは、分子間における分子の波動関数とRbイオンの波動関数との混成によると考えられました。

 その後、1991年に発見されたカーボンナノチューブ、さらにフラーレンを内包したナノチューブ(peapods, 1998)についても、STM観察、STS測定を行い、チューブの電子構造およびチューブと内包物との相互作用を明らかにしてきました。カーボンナノチューブ(CNT)は一次元金属または半導体であるが、DNA分子もナノスケールの一次元高分子電導体であり、核酸塩基部位はまさにπ電子系分子システムであります。そこで、その部位での電子構造をSTM, STSによって明らかにしてきました。これらの研究の延長線上にある究極的な高機能ナノマテリアルとして、DNA分子を内包したカーボンナノチューブ複合体を想定しました。もし、ナノチューブが金属的な電子状態にありDNAの励起子状態とうまくカップルすれば、それはまさに “ Little model ”であります。

 まず、太い多層ナノチューブに二重ラセンDNAの内包を試みたところ、STM観察によって、内包を示す状況証拠を得ました。ここで、法政大学工学部での定年を迎え(2005)、その後は、法政大学マイクロ・ナノテクノロジー研究センターで、名城大(坂東氏、飯島氏)、日大文理(小林氏)らのご協力も得て、細々と進めています。
 最近の成果は、単層カーボンナノチューブに一重ラセンDNA(ssDNA)が内包されていることが透過電子顕微鏡によって確認されたこと、ラマンスペクトルの解析からDNA分子は金属的なナノチューブと選択的に相互作用すること、その薄膜は二次元金属的な導電性を示すこと、などであります。
 最終的にどうなるか? 興味は尽きません。

 以上が、東大物性研、お茶大、分子研、法政大とそれぞれ10年強ずつ、π電子系分子システムとつきあってきた過程であります。