お茶の水女子大学 三宅研究室

Research

 

当研究室では、金属配位子、金属イオン、双方が持つ構造や性質の多様性を生かして高度な機能デザインが可能な新規金属錯体の構築を目指して研究を行っていきます。特に、結晶材料において、ぺぷちどの構造変換特性を利用して協同的にはたらく複合システム(「完全に人工的なたんぱく質」ともいうべきシステム)の創出にチャレンジしています。

これまでの研究成果

結晶内での可逆的ナノ空間変換 (Chem. Commun. 2012, 48, 7553 (Cover), Inorg. Chem. 2014, 53, 5717)   

結晶状態でのスイッチング特性の開発を目指し、結晶内の可逆的な構造変換モチーフの開発を行っています。構造変換後も適切な分子間相互作用ネットワークへの切り替えが可能であれば、結晶を維持したまま可逆的な構造変化が容易に形成できると考えられます。また、金属配位結合などの可逆的な結合サイトを多数導入する事も効果的です。これらに着想を得て、多様なネットワーク構築が可能なペプチド配位子を用いた環状多核錯体により、結晶ナノ空間の可逆的構造変換の創製に成功しました(下図)。


ジペプチドNi(II)4核環状錯体(図左)の硝酸塩の単結晶は、外部の温度・湿度によりナノ空間変換が可能です。特に本モチーフでは、NI(II)中心での配位子交換を伴う構造変換により、空間の開閉だけでなく、空間内の官能基配列の変換も起きていました。これらの構造変換は、水素結合ネットワークの切り替えにサポートされて、比較的低温(-40 ℃以上)でもスムーズに起こりました(図右)。これらの構造変換おける配位子交換は、4つあるNi(Ii)中心で協同的におこります。これらの結果は、ペプチド配位子の多核錯体が、スムーズな構造変換素子の開発に有効である事を示すものと考えています。

ペプチドの協同的な空間変換を利用したヘテロな協同的結合システム (Chem. Eur. J., 2018, 24, 793-797.)

前述の本結晶の空間開閉では、環状骨格内にある空間への水分子の包接により、環状骨格に取り囲まれた空間も連動して開閉します。この協同的におきる空間開閉を利用すれば、水分子を認識して二酸化炭素の包接を可逆的にスイッチングできることを明らかにしました。ヘモグロビンは、酸素分子の包接によるアロステリック挙動を、さらに、二酸化炭素の濃度などの因子で調節することで、効率的な酸素分子の運搬を実現しています。今回の結果は、このようなヘテロな正のアロステリック挙動(ヘテロな協同結合)のシステムを人工的な結晶材料で初めて実証することに成功したものと考えています。 我々の独自の人工ペプチド金属錯体が、結晶材料において協同的な効果を利用した複合機能の創出に適したデザインであることを示す例であると考えております。



巨大空間への展開:柔軟な骨格による巨大環状錯体の構築(J. Am. Chem. Soc., 2019) [プレスリリース] [日経産業新聞で報道]

タンパク質などの生体物質は、その構成要素であるペプチドの柔軟な骨格を通じて機能を示すユニット間を連動・制御することで、例えば、ヘモグロビンの効率的な酸素分子の輸送といった、人工物では難しい高度な環境応答性の機能を実現しています。中でも、ペプチドが作り出す柔軟な空間構造は、正確な分子認識や効率的な物質輸送・貯蔵に加えて、タンパク質のリフォールディングなど、様々な機能において、生体になくてはならない役割を担っています。したがって、柔軟な骨格により人工的に空間を形成することは、生体のように高度な機能の創出に重要な技術の一つです。ペプチド環状錯体が作り出す結晶なの空間が、これらの複合機能創出に有用であることは、これまで紹介した研究成果からも明らかです。しかし、柔らかいもので作られた空間は壊れやすいため、柔軟な骨格を用いて、大きな人工的な構造(特に大きな空間を持つ構造)を組み立てることは非常に困難でした。

今回、我々は、柔軟な骨格であっても、網目状に組み合わせることで安定化すれば、巨大な空間形成が可能になるのではないかという発想に基づき、金属イオンに結合するサイを3種類導入した柔軟なトリペプチド配位子を用いて、直径が20に迫る(小さなタンパク質に相当するサイズの)巨大環状金属錯体の構築に成功しました(下図)。このトリペプチド配位子は、金属イオンとの配位結合を介して3つ連結し、網目状に組み上げることができると考えられます。実際に、トリペプチド配位子と金属イオンを溶液中で混ぜ合わせて結晶化するだけで、14個の配位子が組み上がった巨大環状金属錯体を構築することができました。これらの構造中では、金属配位結合と水素結合によってトリペプチドの配座が規定されていました。また、骨格が柔軟であるため、金属錯体を形成する条件を変更すると、10分の1のサイズに収縮したものから、わずかにサイズが異なるものまで、様々なサイズの環状錯体を構築することができました。これは、限られたアミノ酸から多様な形状のタンパク質を形成できる生体物質の特性を連想する結果です。

さらに、結晶構造を詳しく見ると、14個の配位子が集まってできた巨大環状錯体がさらにお互いに絡み合ったカテナンと呼ばれる複雑な構造も観測されました。これまでに報告されたカテナン構造の中でもっとも多くの分子から形成されたものになります。これらの構造は、動的光散乱の測定や質量分析の結果から、溶液中でも存在することが示唆されました。したがって、本研究のアプローチが柔軟な骨格で(「完全に人工のタンパク質」とも言うべき)巨大分子システムを構築する上で有用であることを示しています。



ペプチドの集積構造を利用した温度応答性銀2次元配列の創製

ペプチド架橋配位子の3次元集積構造を利用して、銀イオンの2次元集積に成功しました。ペプチド配位子間の相互作用が異なるため、2次元配列内には、複数の銀イオン間相互作用が存在していると考えられます。これらの銀イオン間相互作用は、異なる温度応答性を示し、ペプチド間の水素結合でサポートされた銀イオン間の距離だけが伸長します。

ここで取り上げた研究以外にも、固体もしくは溶液において構造や物性変換/制御が可能な新規化合物の合成とその機能評価に取り組んでいます。今後、論文誌に発表したものから徐々にアップしていく予定です。