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2006. 9. 9 OUCA講演会 「新しいビジネスを拓く〜化学を起点として〜」

利益性を最優先しない経営


神保 紀子
S49年化学科卒 S51年修士課程修了
株式会社フェムテック 代表取締役

はじめに
 本学理学部出身者には、学者や大企業の管理職はいても起業家は少ないようです。理学を志した人のめざすものと起業や会社経営とは乖離しているのかもしれません。しかし、理学を志したのと同じ心情で会社を経営することも不可能ではありません。

起業の経緯
 お茶大理学部化学科の修士課程を修了後、小さな化学系のコンサルタント会社に就職。インタビューした内容を技術レポートにまとめる仕事をしていました。この会社でベンチャーキャピタルのことを調べていて、日本のベンチャー企業家の草分け的な方とお会いしたときに、これからは女性が起業するのも面白い時代だと言われ、その方の勧めもあって起業しました。
 前の会社に7年ほど勤務し、クライアントが私を指名してくることも多かったので、同じ業界でやっていければ会社は成り立つとごく安易に思っていました。現在ならば問題なく同じ業界で仕事を始められたと思いますが、当時は同じ業界で新しい会社を興すことに反発があり、やむをえず他の仕事を探すことになりました。

「マニュアル制作」という仕事との出会い
 起業後最初に紹介された服部セイコーという会社で、系列の時計店や眼鏡店で商品の売上などを管理するためのコンピュータの操作説明書を書く仕事を依頼され、ここからマニュアル制作という仕事が始まりました。
 コンピュータという理系の感性や知識が活かせる分野で、当時はまだ専門の会社もありませんでした。この仕事で勉強して自信をつけ、それからは他の会社のマニュアルも手がけるようになりました。

苦難のときに知った友人たちの暖かさ
 大きな苦難もありました。創業から7年ぐらいたったとき多額の貸し倒れが発生。恩人とも思っていた方の会社がずさんな経営で倒産してしまい、その仕事をしていた当社もあおりを食いました。弁護士をたてて取り立てたものの、ほとんど回収できませんでした。
 そのとき本当にありがたいと思ったのが友人です。当時、7年余り会社を経営していたにもかかわらず、私には貯金がほとんどありませんでした。ほとほと困り果てて友人たちに相談したら、少しずつ無期限で貸してくれた友人が何人もいたのです。それで凌げました。

女性起業家ということ
 私が女性であったことで、多くの男性の社長より少しは女性の立場を尊重できたかもしれません。
 他の会社で制限を受けやすい女性であるからこそ、優秀な人材が当社のような会社にも流れてきました。女性をうまく使っている会社が伸びているということもできますし、また、そういう会社が私たちのような小さな会社とも対等におつきあいくださるということもあって、当社のクライアントのマネージャは女性がとても多いのです。

理学部出身の経営者ということと利益を最優先しない経営
 はじめに作るものを決めてできる限り効率的に作る方法を考えるのが工学部、原理原則やしくみを探求するのが理学部。ビジネスはほとんど例外なく工学部的な発想で組み立てていくのが常套で、企業が営利を目的として経営されるという観点からすれば、それに合致する考え方だと思います。
 少なくとも今までは、会社経営に向いている人材は育たなかったのかもしれないし、鶏が先か卵が先かわかりませんが、起業家にはなるような人は最初から理学部には入らなかったのかもしれません。
 「何でも金で買える」といった経営者がいましたが、「金のことはあまり考えず、目に見えないところまで丁寧に作る」というのが私流です。社員はよいものを作るために手を抜かないこと。経営者は作り手が誇りを持ってものづくりをできる環境を整えること。コスト優先という考え方はせず、工程管理はコストのためではなく、品質維持のために行うこと。

長く継続できた要因
 継続がよいこととは限りませんが、私なりに継続の要因を分析すると、コストを優先させず、それを理解する優秀で倫理観が高い従業員を雇用し、彼らが居心地がよいと思える会社にすることを目指したことが第一だと思います。それと、それぞれの節目で出会った人たちに助けられました。会社を起業したとき最初についてきてくれた人、会社をやってみたらといってくれた人、何の実績もないのに大きな仕事をくれたクライアントの担当者、会社がいきずまった時にお金を貸してくれた友人たち、経営の理念を教えてくれた師匠、そして今の会社を支えてくれている優秀で人間性のよい従業員たち。

大切にしてきた言葉
 1つは、お茶大の入学式で当時の波田野完治学長から私たち新入生に贈られたアナトール・フランスの「ユトピストとなることを恐れるな」。
 もう1つは、経営の師匠からいただいた言葉で、「企業の利益性と倫理性が相反したら倫理性を優先させよ」。
 ことあるごとに、この言葉を思い出し、利益性を優先させていないか自問自答するようにしています。

女性のきまじめさや、理学部的な原則を重視する考え方を活かして、起業される方が増えていけばよいと思っています。

以上