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OGからのお茶大生物のススメ

2018年5月10日更新

OGからのお茶大生物のススメ

川上 弘美
小説家
芥川賞および谷崎潤一郎賞の選考委員


大学時代のことを思いだすとき、いつもうなだれてしまいます。
 なにしろ、在学中、かなり勉強をしなかったからです。
 勉強をしないで何をしていたかといえば、授業をさぼって図書館に行きいちにちじゅう本を読んでいたり、池袋にある名画座にいちにちじゅう入り浸って映画を見ていたり、いちにちじゅうサークルの部室にこもってうだうだしたりしていたり、していたのでした。
 今の学生さんたちからみると、まったくもってダメすぎる学生だったと思います。といって、当時は「小説家になりたい」というほどの気概もなく、ともかく、きちんと学問に向かい合うことから逃げてつづけていたのでありました。
 四年生になると、生物科の卒業研究があり、研究室に属してずっと実験をするのですが、ここでも、ろくな結果を出せず、今記憶にあるのは、「研究室でおでんを煮た」「研究室でラーメンをつくって食べた」「隣の研究室の先生が釣ってきたフグを料理してくださって、みんなでおそるおそる食べた」といった、「食い意地」にまつわることばかりです。
 このようなページに「生物科のすすめ」を書くということ自体が申し訳ない、という気持ちでいっぱいになってしまうような学生だったわけです。
ただ、もしかすると、と思うこともあるのです。
 せっかくの四年間を、ほんとうに無為に過ごしてしまった。という悔恨が、そののちわたしに小説を書かせたのかもしれない、とも思うのです。
 何かをなし得なかった、という後悔は、とても苦いものですし、取り返しのつかないものでもあります。でも、だからこそ、自分のダメさ加減に気がつき、そのダメな自分でもできることを、大学卒業後十何年かかけて、手探りで探していったのではなかったのでしょうか。そうやって、小説家という場所に、たどりついたのではなかったのでしょうか。
 自己正当化のようなことを言っている気もしますが、お茶大の、まわりの友だちが、ほんとうに熱心に楽しそうに生物学という学問をおさめていたからこそ、この後悔があったともいえます。お茶大生は、良くも悪くも真面目です。この年になってみると、その真面目さがどんなにか得がたいものかということがよくわかります。お茶大に入学し、その環境に身を置くからこそ、真面目になるのか。それとも、そもそも真面目なタイプが、お茶大という大学をめざしがちなのか。そのあたりのことはわかりません。真面目な中にも、ひそかなユーモアをもつ生物科の友だちたちの顔を、卒業後三十年以上たったこの頃、わたしはほんとうになつかしく思いだすことが多いのです。


広瀬 咲子
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
生物機能利用研究部門 遺伝子利用基盤研究領域
主席研究員

SIP新たな育種体系の確立「ゲノム編集技術開発」研究代表者として

 私は1977-1981年の間、理学部生物学科(細胞生物学講座)で学び、修士課程修了後、東北大学の理学部博士課程修了を経て、当時の農林水産省森林総合研究所及び農業生物資源研究所でポスドクとして農業研究現場を渡り歩きました(この間、結婚、出産、育児を兼業)。2009年に農研機構作物研究所に職を得て文部科学省ライフサイエンス課、研究所企画部署で研究マネジメントの経験を積み、現在は内閣府が主導する戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」の中で「ゲノム編集技術の普及と高度化」という課題に研究代表として取り組んでいます。
 近年、新しい技術として注目されているゲノム編集は多様な生物のゲノム上の狙った塩基配列を切断(その結果、修復の過程で変異が起こる)するという画期的な技術です。SIPの課題では狙った塩基配列を切断するだけではなく正確に書き換えるという技術の開発や、わが国の主要な農作物でこの技術を使えるようにするという目標があります。私たちの課題では使いやすいゲノム編集技術を作物・花き・樹木等の育種に利用できるようにすることを目指し、構造生物学、計算科学、酵素工学、分子生物学、植物病理学、植物生理学、育種学、園芸学などの多様な専門家たちがおよそ20の機関からが結集し、この課題に取組んでいます。異分野の研究者たちが協同して、新たなもの作り・技術開発に挑む面白さを実感できるプロジェクトです。
 開発された農作物のためのゲノム編集技術を使い、これまで十数年〜数十年かかっていた品種の育成を、数年単位にまで短縮し、消費者の多様なニーズに素早く的確に応える、「待ち望んだ」画期的な商品が生まれるのを楽しみにしていてください。
 現在は研究マネジメントに忙殺されていますが、学生時代に習得した電子顕微鏡や各種顕微鏡の技術を生かしてオリジナリティーのある研究をする夢はまだまだ捨てていません。

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