学科概要 教員紹介 化学科カリキュラム 大学院 受験生の方へ 教育と研究のサポート

TOP>化合物紹介

化合物紹介

 

● カリックスアレーン (Calixarene)


 

  カリックスアレーン(上図)は、複数個のフェノール単位をメチレン基で結合した環状オリゴマーである。その分子構造がギリシャ製の聖杯(calix crater)に似ており、芳香環の多核環状結合体(arene)であることから、このような名前がつけられた。環を形成するフェノール単位の個数をnで表している。
  1970年代後半に、Gutscheらは、塩基性触媒下でのp-t-ブチルフェノールとホルムアルデヒドとの縮合反応を制御する方法を見いだし、カリックスアレーン四、六、八量体を1段階で合成することに成功した 1) 。これにより、カリックスアレーンを容易に、かつ安価に、そして大量に合成できるようになり、ホスト-ゲスト化学に広く用いられてきた。
  ホスト分子となるカリックスアレーンの内径の大きさを変えることで、とりこまれるゲスト分子の大きさも変化する。例えば、フェノール単位を8つ含むカリックス[8]アレーン誘導体はフラーレン類のうちC60のみをとりこむことができるため、特定の大きさのフラーレンを単離することが可能になった 2) (下図)。また、フェノール環に機能性官能基を導入することで、多様な機能を持つホスト分子へと応用されてきた。
  他にも、フェノール環をピロールに置き換えた”カリックスピロール” 3) やメチレンの炭素が硫黄になった”チアカリックスアレーン” 4) などに展開されており、多様な構造と性質をもつホスト分子が開発されている。


参考 :
1) C. D. Gutsche, Acc. Chem. Res. 1983, 16, 161-170.
2) Seiji Shinkai et al., J. Synth. Org. Chem., Jpn. 1995, 53, 963-974.
3) Vladimír Král et al., J. Am.Chem. Soc. 1996, 118, 5140-5141.
4) Mir Wais Hosseini et al., Tetrahedron Letters. 1998, 39, 2311-2314.

棚谷研究室 有村舞子) 

● トリプシン・トリプシノーゲン (Trypsin, Trypsinogen)


  図. ウシトリプシンの立体構造 (PDB ID: 2PTN)
 

  トリプシンは酵素セリンプロテアーゼの一種で、基質となるタンパク質中の塩基性アミノ酸であるリシン、またはアルギニンのカルボキシ基側のペプチド結合を特異的に加水分解する [1]。食物の腸内消化において、キモトリプシノーゲンをはじめとする他の多くのタンパク質分解酵素前駆体を活性化させる重要な役割を担っており、鍵酵素とも呼ばれている。トリプシンは膵腺房細胞で前駆体トリプシノーゲンとして合成され、チモーゲン顆粒内に貯蔵され、膵液中に分泌される。そして十二指腸内において、エンテロペプチダーゼによりN末端の短いペプチドの分解を受けることにより、立体構造も変化して活性なトリプシンとなる [2]。活性部位には、触媒活性に重要な3つのアミノ酸残基が存在する(図参照)。しかし、膵臓内で早期にトリプシンへ活性化されると、膵臓組織を自己消化し膵炎を発症すると言われている。その要因として、飲酒、喫煙、環境的要因、遺伝的要因など複数が関係していると考えられているが、詳細な機構については未だ解明されていない。トリプシノーゲンが糖鎖に対する結合性を持ち [3]、糖質によりその活性化が抑制されることから [4]、膵外分泌においてトリプシノーゲンの糖鎖認識が関わる調節機構の存在も推定される。トリプシノーゲン活性化と膵炎発症の関連性については、現在も多くの研究が進められている。


参考
[1] Brown W. E. et al., Biochemistry 12(1973) 828-834
[2] Mann N. S. et al., Proc. Soc. Exp. Biol. Med., 206(1994) 114-118
[3] Takekawa H. et al., J. Biol. Chem., 281(2006) 8528-38
[4] Ogawa H. et al., FEBS Lett., 589(2015) 569-75

小川研究室 緒方彩) 

● 粘膜保護物質 ムチン (mucin)


 
 

ムチンは気管や消化管、生殖腺などの内腔を覆う粘液の主成分で [1]、例えば消化管のムチンの分子量は50万〜2500万と非常に大きな糖タンパク質です。コアタンパク中のセリン (Ser)、トレオニン (Thr) の多くに糖鎖が付加されており、総重量の50%以上を糖鎖が占めています。多量の糖は水素結合によって水分子を引きつけ、さらに、シアル酸や硫酸化糖などに含まれる負電荷がお互いに反発することによって、広がった構造を取り、ゲル状の層となって上皮細胞の表面を覆います。ヒトでは約20種類のムチンコアタンパク (MUC) があり、臓器によってMUCの分布は異なります。大腸粘膜上には主にMUC2が分泌されており、上皮細胞を食物や細菌の代謝物から保護するとともに、共生細菌定着の場にもなっています。MUC2遺伝子を持たないマウスでは、大腸癌の発生率が著しく増加することから、MUC2が腫瘍を抑制する働きを持つのではないかと考えられています。一方、上皮表面に分布するMUC1は種々の癌で過剰に産生されることが報告されており、ムチンと腫瘍発生の関係を解明することが、新たな薬の開発につながると期待されています。

参考
[1] Taylor ME et al.著, 西村紳一郎, 門出健次 監訳「糖鎖生物学入門」化学同人 (2005)
[2] Larsson JM et al., Glycobiology, (2009) 19, 756-766より改変

相川研究室 水戸晶子) 

● 色素増感型太陽電池用有機色素 M K-2

(2-Cyano-3-[5'''-(9-ethyl-9H-carbazol-3-yl)-3',3'',3''',4-tetra-n-hexyl-[2,2',5',2'',5'',2''']-quarterthiophen- 5-yl]acrylic acid)
 太陽エネルギーを電気エネルギーへと変換する「太陽電池」の研究は近年盛んに行われていますが、中でも、有機太陽電池の一つである色素増感型太陽電池が注目されています。光吸収部位に「色素」を用いており、エネルギー変換効率の高さと製造コストの低さが期待されています。
 MK-2は、カルバゾール系の有機色素であり、電子供与性(ドナー)部位であるカルバゾール骨格と電子吸引性(アクセプター)部位であるシアノアクリル酸基をオリゴチオフェン骨格で結合した構造を有しています。このドナー・アクセプター構造により、可視光領域に強い吸収を示すようになります。また、電極上に吸着するためのカルボキシル基を有し、分子間の相互作用による会合を抑制するために、オリゴチオフェン骨格に長鎖アルキル基を有します。これにより、色素から電極への効率的な電子移動が可能となります。MK-2を用いた太陽電池では8.3%とこれまでの有機太陽電池の中では高い太陽エネルギー変換効率が得られていますが、より高い太陽電池特性を得るためには、更なる戦略的な有機色素の分子設計が必要となります。

Koumura, N.; Wang, Z-S.; Mori, S.; Miyashita, M.; Suzuki, E.; Hara, K. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 14256., 2008, 130, 4202.
SIGMA-ALDRICH. “ 色素増感太陽電池用有機色素 ”. SIGMA-ALDRICH ホームページ (参照2015-04-04)

矢島研究室 野上栄美子) 

● アクアポリン(Aquaporin,AQP)


図 Aquaporin-1の構造と水を選択的に通すためのチャネルの3つの特性(D. Kozono et al., JCI, 109:1395-1399 (2002)より改変)
ベージュ部分がアクアポリンで、水(赤-黄緑色の粒)の通過路を水色で示した。
アクアポリンは6回の膜貫通領域があり、2つのNPA(Asn-Pro-Ala)のモチーフを持っている。R195(Arg195)とH180(His180)により一定の正電荷が提供され、プロトン通過が阻害される。

 我々のカラダを形作る細胞は脂質で形成される細胞膜で区切られており、極性分子である水の透過速度は遅い。しかしいくつかの細胞では高い水透過性があることが古くから知られており、水だけを選択的に透過する通過路が予想されていた。
 Peter Agreは赤血球からこの性質を有するタンパク質”アクアポリン”を発見し、2003年にノーベル化学賞を受賞した。
 アクアポリンは中心がくびれた構造をしている。砂時計を想像するとわかりやすいだろう。保存されたアルギニン残基があるあたりで最もくびれており、その部分は水分子の直径とほぼ同じの2.8 Åである。この部分で水分子の大きさを認識し、水の水素結合を弱めることによって選択的に透過させる。また水が通過する部分に面している残基の多くは疎水的な側鎖であり、イオンのような電荷をもつものは周りの原子と強く相互作用してはじき出されるため、選択的に水分子を透過することができると考えられている。
 我々のカラダでは多くの種類のアクアポリンが働いている。例えば尿の生成によって体液の恒常性を維持する腎臓では、複数種のアクアポリンが発見されている。また様々な活動に必要なエネルギーを産生するミトコンドリアにもアクアポリンが局在しており、代謝で生成される多量の水の放出を担っていると考えられている。このアクアポリンが少なくなるとミトコンドリアの呼吸機能が落ちることがわかり、非常に興味深いタンパク質である。

[参考]
・N. Iida-Tanaka et al., J Pharmacol Sci. 104(4):397-401 (2007)
・佐々木成 “水とアクアポリンの生物学” 中山書店 (2008)

小川研究室 伊香賀玲奈) 

● 四塩化白金錯体イオン Tetrachloroplatinate (Ⅱ)


    金単結晶 (Au (111) ) 表面に
    吸着したPt Cl42-のSTM像[3].

 四塩化白金錯体イオン( [ PtCl4 ]2- )は、中心の白金原子の周りの平面四角形の頂点の位置に4つの塩化物イオンが配位した”tetra planar”型の形状をした錯体イオンである。白金と塩化物イオンとの結合長は2.33 Åであり、白金の電子配置は5d8の低スピン型でdsp2混成軌道をとっている。カリウム塩の結晶構造はc軸上に錯体平面が重なった正方晶系であり、その格子定数はa = 6.99 Å、c = 4.13 Åである[1]。この白金錯体にアンモニアを反応させた置換反応では、シス型( cis-[ Pt(NH3)2Cl2 ] )のみを生成することがわかっており[2]、この特異性を利用して、tetra planar型錯体の合成ルートを検討する際や、化合物の構造を推定する際に利用されることが多い。
 また、白金をめっきする(電気化学的に析出させる)際の白金源としてもよく利用されている。原子配列の整った貴金属単結晶上では、基板の原子配列に沿って整列することがわかっている[3]ため、これを利用して単結晶上に原子配列の整った白金を電析させることが可能となり[4]、高価な白金量の低減化と高活性化をみたした新しい触媒の開発が期待されている[5]。

[1] F. A. Cotton et al., Advanced Inorganic Chemistry, Wiley-Interscience (1999).
[2] 萩野博, 岡田博美, 岡崎雅明, 基本無機化学, 東京化学同人 (2006).
[3] K. Itaya et al., J. Phys. Chem. B, 2004, 108, 3224.
[4] M. Shibata et al., J. Phys. Chem. C, 2012, 116, 26464.
[5] T. Kondo et al., Chem. Lett., 2011, 40, 1235.

近藤研究室 石崎桃子) 

● 細胞接着分子 CD166/ALCAM

 CD166/ALCAM (Activated leukocyte cell adhesion molecule)は分子量約10万の細胞膜貫通型の糖タンパク質です。隣り合った細胞に発現するCD166/ALCAM同士が細胞外ドメインを介して結合し、細胞間の接着を仲介します。ある種の癌ではCD166/ALCAMの産生量が高いと、手術後の患者の生存期間が短縮される傾向があることや、転移しやすい性質がみられることが報告され、癌の悪性度、特に転移の進行に関与することがわかってきました。これらの観察から、CD166/ALCAMが癌のバイオマーカーになることや、分子治療のターゲットとなる可能性が期待されています。しかし、CD166/ALCAMにはmRNAができる過程で生じる複数の変異体があり、さらには糖鎖修飾やマトリックスメタロプロテアーゼ等による切断などの翻訳後修飾を受けるため、生体内には多様な分子種のCD166/ALCAMが存在します。CD166/ALCAMの癌の進行における分子機能を理解するためには、各分子種が調節するシグナル経路を明らかにし、それらがどのようなタイミングではたらくかを明らかにする必要があります。

Hansen AG, et al. Cancer Res 74(2014)1404-1415.
Fujiwara K, et al. PLoS One 9(2014)e107247
Ma L, et al. J Biol Chem 289(2014)6921-6933.

相川研究室 眞野知子) 

● 特異な水素吸蔵特性を示す金属ナノ粒子
    (Metal Nanoparticles as Novel Hydrogen Storage Materials)


 Pd ナノ粒子の透過型電子顕微鏡(TEM)像

 クリーンなエネルギーとして、水素の利用に注目が集まっている。水素エネルギーを実用的に利用するには、高効率・高密度に水素吸蔵する貯蔵媒体が欠かせない。そこで、様々な水素貯蔵材料の開発が日々進められている。
 最近注目を集めている水素吸蔵材料の一つとして、金属ナノ粒子を挙げることができる。金属ナノ粒子はバルク金属に比して表面積が大きく、バルクには無い新たな水素吸蔵サイトをもつことから、バルクで水素吸蔵特性を示す金属をナノ粒子化することで水素貯蔵特性の向上が実現できると期待されている。だが、その期待とは裏腹に、バルク状態で優れた水素吸蔵能を示す金属として知られる Pd をナノ粒子化すると水素吸蔵量が減ってしまうことが報告された。一方、同じ 10 族元素である Pt はバルク状態では水素吸蔵特性を示さないが、ナノ粒子化することによって水素吸蔵特性を示すようになる。Pdナノ粒子とPtナノ粒子の格子定数はそれぞれ3.89, 3.92 Å であり良く似ている。それにも関わらず,それらの「バルク→ナノ化」による水素吸蔵特性の変調特性が全く異なることは、Pd, Pt ナノ粒子の電子状態が全く異なることを意味する。未来の水素貯蔵媒体の設計指針を得るために、理論計算化学の手法を用いて水素吸蔵特性とナノ粒子の電子構造の関係の解明が待ち望まれている。

[1] H. Kobayashi et al., J. Am. Chem. Soc., 130, 1828-1829. (2008)
[2] M. Yamauchi et al., Chem. Phys. Chem., 10, 2566-2576. (2008)

森(寛敏)研究室 松田彩) 

● コラーゲン(Collagen)


  コラーゲンの三重らせん構造

 コラーゲンは全ての多細胞生物に存在し、脊椎動物では最も大量に存在するタンパク質である。細胞外マトリックスの主要成分の一つで、皮膚、骨、軟骨、腱、血管の繊維など様々な組織に分布している。コラーゲン分子はグリシン、プロリン、ヒドロキシプロリンに富む3本のペプチド鎖が水素結合した左巻きヘリックス構造を持ち、これらがさらに架橋して不溶性のコラーゲン繊維を形成する。生体内にはさまざまなタイプのコラーゲンが存在し、これらが緩いネットワークを形成したり太い繊維を形成したりと、組織によって様々な形態をとる。哺乳類では33種以上の遺伝的に異なるポリペプチドが集合して少なくとも20種のコラーゲン繊維が同一個体の様々な組織に分布している。例えばT型コラーゲンは真皮、骨に多く含まれ、強さや弾力をもたらしている。
 近年、コラーゲンがこのような力学的役割だけでなく、細胞接着、シグナル伝達にも関与していることが明らかにされつつある。

参考:ヴォート基礎生化学

小川研究室 山崎茜) 

● DNA存在下で発光特性を示すルテニウム(Ⅱ)錯体
    (Ruthenium(Ⅱ) complexes with luminescence property in the presence of DNA)

図のRu(Ⅱ)錯体 [Ru (bpy)2(dppz)]2+ (bpy = 2,2'-bipyridine, dppz = dipyrido[3,3-a:2',3'-c]phenazine) は、水溶媒中では発光を示さないが、DNA に挿入すると発光を示す特徴をもち、光スイッチ分子として広く知られています [1]。この錯体について、2009年に、ミスマッチ塩基対挿入下における発光強度が適正塩基対挿入下における場合よりも大きいことが報告され、ミスマッチ塩基対の検出に対してRu(Ⅱ)錯体の活用に期待が高まりました [2,3]。ミスマッチ塩基対とは、DNA塩基が適切に組まれていない対のことです。こうしたミスマッチ塩基対を認識する分子は、近年、化学療法学や診断学の観点から注目されています。例えば、ガンの初期診断にミスマッチ塩基対の検出が有効であると期待されます。その理由は、ガンのリスクが高まる要因にミスマッチ修復系の欠如があり、ミスマッチ修復系の欠如はミスマッチ塩基対の出現確率の増大と関連するからです。一方で、化学診断への錯体の活用には「ミスマッチ塩基対挿入下においてより強く光る」錯体が求められます。その錯体設計の指針を得ることが今後の課題としてあり、現在も研究が進められています。

参考:
[1] A. E. Friedman et al., J. Am. Chem. Soc., 1990, 112, 4960.
[2] M. H. Lim et al., Inorg. Chem., 2009, 48, 5392.
[3] H. Song et al., Nature Chem., 2012, 4, 615.

鷹野研究室 大塚美穂) 

● ポリリン酸(polyphosphoric acid, polyphosphate)

ポリリン酸は無機リン酸の重合体で、負電荷に帯電した生体分子である。哺乳類から微生物に至るまで多くの生物種で発見されているが、自然界に存在するポリリン酸の重合度は幅広い。例えば、ヒトの血小板から放出されるポリリン酸は重合度60〜100程度であるのに対し、微生物では重合度数千にものぼる。ポリリン酸の研究は微生物で先行しており、例えば1980年代には、微生物のポリリン酸を利用して糖やADPをリン酸化する酵素が発見された(1)。一方、近年、哺乳類のポリリン酸に強い血液凝固促進作用があることが見いだされ、注目されている(2)(3)。興味深いことに、血液凝固の促進作用はポリリン酸の重合度によって異なる。ポリリン酸の血液凝固における作用機構の詳細は、一般的な止血製剤としてポリリン酸が利用されて行く上で、あるいは新しい血栓症治療法の開発につながるアプローチに重要であろう。

参考:
(1) Pepin C. A. et al., J Biol Chem 262(1987)5223-5226.
(2) Morrissey J. H. et al., Blood 119(2012)5972-5979.
(3) Geddings J. E. et al., Thromb Haemost 111(2014)570-574.

相川研究室 倉浪佑実子) 

● ホルクロルフェニュロン(forchlorfenuron):大きな種無しぶどうをつくるホルモン


ホルクロルフェニュロン(4PU30)
右図:通常の栽培(上段)と、10 ppmのホルクロルフェニュ
ロンを用いて栽培したぶどう(下段)の比較

サイトカイニンは植物ホルモンの1種で、植物細胞の分裂や分化を調節し、老化防止などの作用をもっています。ホルクロルフェニュロン(4PU30)は、東京大学薬学部の首藤紘一らによって、カイネチンやゼアチンといった天然で見つかった植物細胞分裂促進作用物質の構造をもとに分子設計され、化学合成された人工的なサイトカイニン活性物質です。ホルクロルフェニュロンやその類縁体が生物活性を発揮する至適濃度は10-9 M(ナノモル)から10-12 M(ピコモル)と、極めて低く、一つの細胞あたり、たった1〜100分子が入り込むことで作用が発揮されることになります。ホルクロルフェニュロンは、植物生長調節剤として承認され、フルメットという商品名で、果樹園芸(ぶどう、りんご、キウイフルーツなど)に国内外で実用化されています。例えば、巨峰やピオーネなどのぶどうの生産において、‘種無し’と‘果粒肥大化’を目的に、ジベレリンと共に使用されています。フルメットを用いることで、着粒数、着粒密度が増加し、果実品質を損なうことなく、見た目も良い房形の種無しぶどうとなります。本研究は化学を基盤とする生命科学研究ですが、その研究の流れをくむ棚谷研究室で行っている「芳香族ウレアの立体構造」についての基礎研究は、この植物ホルモンの研究が源流となっています。

首藤紘一 薬学雑誌114, 577-588(1994).
橋本祐一, 永田龍二, 首藤紘一 化学と生物3,262-266 (1995).

棚谷研究室) 

● “動的な”ペプチド環状錯体結晶


本研究で用いたジペプチド配位子とその環状錯体(β-ジペプチド環状四核Ni(II)錯体)の結晶構造

X線結晶構造解析は、最も確実に構造を決定できるため、物質が持つ特性の理由を明らかにし物質の性質をデザイン上でも欠かすことのできない手法の一つです。この方法論を適用するには物質の結晶化が必要ですが、結晶中では化合物が規則正しく並ぶため、一般に構造変化は難しいことが知られています。一方で、可逆的な変化はスイッチングなどの機能の創製に必要不可欠なため、構造変換できる“動的な”結晶の創製は重要であると考えられます。これまでに、有機化合物の分子結晶や、金属配位結合の柔軟性や可逆性を利用した様々な金属錯体結晶により結晶—結晶間の構造変換の研究がなされていますが、構造変換過程を詳細に観測できる例はそれほど多くありません。我々は、ペプチドの構造柔軟性と多様な水素結合ネットワークにサポートされた構造変換特性に着目し、構造変換の観測に適した新たな結晶モチーフの創製を行いました。図に示すペプチド環状錯体の分子性結晶が結晶状態を維持したまま、可逆的なナノ空間が開閉します。これらの構造変換はスムーズに進行する上、構造変換過程も含めて詳細な構造観測が可能でした。これらの結果はペプチド環状錯体の分子性結晶が構造変換を観測・デザインする結晶モチーフとして適していることを示しています。

三宅研究室) 

● 金属-金属五重結合をもつ化合物


[CrC6H3-2,6-(C6H3-2,6-(CHMe2)2)2]2
200℃まで安定に存在する、dark redの化合物。

2005年に Power、Roos らが設計・合成した、図に示すクロム二核錯体は、これまでに合成がなされた遷移金属錯体のうち、最も結合次数の高い「五重結合」をもつ特異な分子である。この遷移金属多重結合の設計は、多重結合の解離ポテンシャルを実験精度で取り扱える精密量子化学計算法「CASPT2」の開発と共に行われ、「他分子との反応を抑えるかさ高い配位子を、なるべく金属−金属結合性軌道の生成に使われる d 電子数を減らさないように電子状態を制御して導入する」という方針で行われた。理論計算化学の分野では、更なる化学結合の多重性・多様性を探る研究が、日々精力的に推進されている。

森(寛敏)研究室) 

● デキストラン(Dextran)

デキストラン (dextran) はグルコースからなる粘性のある多糖類で、スクロースを原料として乳酸菌などの細菌が生産する。また歯垢(プラーク)にも含まれる。分子量は天然では400万にもなり、D-グルコースがα-1,6グリコシド結合で直鎖状に結合し、ところどころにα-1,4結合で分岐している。これは、デンプンやグリコーゲンがα-1,4結合の主鎖を持ち、枝分れがα-1,6結合であることと対照的である。産業上有用なデキストランは、高分子デキストランを酸で部分的に加水分解して調製され、分岐構造が少なく、デンプンやセルロースと異なり冷水への溶解度が高い。
デキストランはシロップなどの原料、大量出血時の血圧低下を防ぐための血漿増量剤(代用血漿)などに利用される。様々なデキストラン誘導体、たとえば血漿リポタンパク質分解を高め高脂血漿剤として有用なデキストラン硫酸やカルボキシルメチルデキストランなどは、医薬品や化粧品添加物などに利用されている。さらに産業および基礎研究分野では、クロマトグラフィーのゲルろ過担体やイオン交換体として、物質の分離精製や分析に広く利用されている。

小川研究室) 

● ビオチン(Biotin)


ビオチンは、卵黄中から発見され、ビタミンB7、ビタミンHまたは補酵素Rとも呼ばれる。酵母の増殖に必要な因子ビオス(bios)の1成分として、ビオチンという名がついた。種々の臓器に含まれる糖タンパク質、アビジンと非常に強く結合する。ビオチン-アビジンの高い親和性を利用して、特定の物質をビオチンで標識し、次に酵素や蛍光標識したアビジンを作用させて、基質発色や蛍光により高感度に検出する方法が開発され、研究や診断に広く活用されている。動植物の組織や細胞に局在する物質を検出するための免疫組織化学法、生体物質を定量するためのELISA (Enzyme-linked immunosorbent assay,酵素結合免疫吸着法)、PCR (Polymerase chain reaction,ポリメラーゼ連鎖反応)による遺伝子の解析、また医療現場では様々な臨床検査用試薬、たとえばアレルギー抗体検査や腫瘍マーカー検査などに応用されている。

小川研究室) 

● MHPOBC

液晶はその名の通り液体と固体の中間の状態をとる化合物であり、広く表示装置などに応用されています。中でも自発分極をおこし、多くのものが不斉点を有し、3つの安定状態間でのスイッチングをする反強誘電性液晶は、その物理・化学的挙動の面白さのみでなく、ディスプレイ材料として有用性からも盛んに研究が行われてきました。代表的な反強誘電性液晶であるMHPOBC(4-(1-Methylheptyloxycarbonyl)phenyl 4'-octyloxybiphenyl-4-carboxylate)の単結晶X線構造解析はお茶の水女子大学の堀佳也子らによって行われ、結晶中では不斉炭素の部分で折れ曲がった構造をとっているという新しい知見を発表しました(図は報告された結晶構造,アスタリスクは不斉炭素を示す)。この発見はその後の液晶の分子デザインに大きな影響を与え、多くの液晶が合成されました。
液晶は今日の私たちの生活に欠かすことのできない化合物です。基礎的な化学の研究があってこそ新しい便利な分子を生み出すことができるのです。

*Hori, K. and Endo, K. Bull. Chem. Soc. Jpn., (1993) 63, 46.

矢島研究室) 

● フェロセン(Ferrocene)


       フェロセンの骨格
黒色は炭素、紫色は鉄イオン、白色は水素原子を表し、赤線は配位結合を表す。

フェロセンとは、化学式Fe(C5H5)2で表される、鉄(II)イオンを2つのペンタジエニル環ではさんだ構造の鉄錯体である。1951年にPausonとKealyにより、臭化シクロペンタジエニルマグネシウムと酸化鉄(III)からジエンの酸化的カップリングによって初めて作られた。水には不溶であるが、有機溶媒にはよく溶ける。主要な芳香族炭化水素とは異なり、飽和カロメル電極(SCE)に対して約0.5 Vという極めて負側の電位で一電子酸化が進行し(酸化されやすいことを示す)、その酸化体(フェリシニウムカチオン、[Fe(C5H5)2]+)は可逆的に還元される。酸化体(Fe(C5H5)2)/還元体([Fe(C5H5)2]+)とも化学的に極めて安定であり、またこの酸化還元反応も安定かつ可逆的に進むことから、有機溶媒中の電極電位の内部参照物質として重宝されている。

近藤研究室) 

● ヘキサアリールビスイミダゾール(HABI)

ヘキサアリールビスイミダゾールは、1960年にお茶の水女子大学の林太郎と前田侯子によって化学発光物質ロフィンの発光機構の研究途中に発見された*。偶然得られた紫色の結晶を指で押しつけただけで濃い赤紫に変わることを見つけたのが始まりである(前田侯子最終講義資料)。圧力によって色が変化するピエゾクロミズムの他、光や熱によっても色が変わり、時間がたつと元の色に戻るフォトクロミズム、サーモクロミズムを示すことも見出された。このような現象は、外的刺激によりラジカルが生成したためであることが、ESR装置(国内第一号機)によって確認され、この紫色物質は、図のように、ロフィンの二量体であることが明らかになった。
このような特異な性質を有するHABI誘導体は、現在光重合開始剤としてフォトレジストなどの分野では必要不可欠のものとなっている。当時は応用など全く意図していなかった理学的な基礎研究が、後になって産業に大きく貢献した好例である。

*Hayashi, T. and Maeda, K. Bull. Chem. Soc. Jpn., (1960) 33, 565.

前田侯子最終講義資料のリンク先: http://www.sci.ocha.ac.jp/chemHP/ouca/index.html
                        (左側メニューから”化学科アーカイブ”をクリックして下さい)

山田研究室) 

● ポルフィリン(Porphyrin)


       ポルフィリン骨格
灰色は炭素、青色は窒素、白色は水素原子を表す。

ポルフィリンとは、4つのピロール環が4つのメチン基と交互に結合した大環状化合物(左図)とその誘導体の総称である。中心部の窒素は鉄やマグネシウムをはじめとする多くの金属元素と安定な錯体を形成する。ポルフィリン環は、全体に広がったπ共役系の影響で安定な平面構造をとる。π共役系はそれ同士が引き合うため(πスタッキングと言う)、同じ分子同士で集合体を形成したり(J会合帯と言う)、他のπ共役系化合物と超分子を形成することもある。ポルフィリンは天然には生体内で形成されたものしか存在せず、光合成を行う植物中に含まれる葉緑素内のチラコイド膜中のクロロフィル(マグネシウム錯体)や、また酸素を身体の各器官に運ぶ赤血球に含まれるヘモグロビン(鉄錯体)などに存在し、生体内の生理的活性に重要なものが多い。

近藤研究室) 

● ZG16p(zymogen granule 16-kDa protein)


黄色はβ-シート、赤はα-ヘリックス、水色はβ-プリズムフォールドレクチンに共通する糖結合部位。

ほ乳類由来で初めて見つかったβ-プリズムフォールド構造を持つレクチン(lectin, 糖結合タンパク質)。レクチンは糖鎖認識に関わるタンパク質で、これまでにヒトに必須な様々な生命現象に多くのレクチンが関与していることが明らかにされている。ZG16pは膵臓の外分泌細胞や腸管の上皮細胞で多く産生される分子量約16,000の可溶性のタンパク質で、細胞内顆粒形成や生体防御に関連した役割が考えられている。最近、お茶の水女子大学と理化学研究所のグループの共同研究により、ヒトZG16pの結晶構造が報告された。ZG16pはマンノースに対する結合性に加えてヘパラン硫酸に対する結合性がある点で、植物由来のβ-プリズムフォールドレクチン群の糖結合性と比較してユニークである。

相川研究室) 

● シコニン(Shikonin)


黒田チカが研究を行った紫根の色素。紫草(Lithospermum officinale)の根は、紫根(Lithospermi Radix)と呼ばれ、薬用として、日本薬局方に収載され、また漢方として用いられる。水またはエーテル抽出液は皮膚の治癒促進作用を示すことから、火傷や湿疹や凍傷に対して軟膏として外用に用いられる。その特徴的な成分であるナフトキノン類は紫の色素であり、その一つがシコニンである。このシコニンの構造解析研究を行った黒田チカは女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)を卒業した日本の女性最初の理学士の一人である。彼女に関しては化学科Webページ「化学科の伝統をたどる」またはお茶の水女子大学Webページ「デジタルアーカイブス」に詳細が紹介されている。

森(義仁)研究室) 

● シュードプロテオグリカン(Pseudo-proteoglycan)


天然の分子構造をシミュレートして、アミノ基を複数持つ直鎖状ポリマー骨格に1本以上の多糖鎖を還元末端で結合させた複合体分子を、シュードプロテオグリカンと呼ぶ。それ自体は活性を持たないデキストラン鎖とα-ポリリシンを用いて合成した複合体は、顕著な抗HIV-1活性を示すことを見いだした。抗エイズ活性をもつことが知られている種々の硫酸化多糖とは異なり、この複合体はマクロファージ指向性HIV-1ウイルスにも高い感染阻害活性を示し、新規な作用機構をもつと期待される。

小川研究室) 

充実した学生生活 活躍する卒業生 桜化会OUCA 化学科の伝統をたどる 問い合わせ 理学部HPへ

Copyright(C)Ochanomizu University. All Rights Reserved.