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ホームカミングデイ2022 化学科・桜化会OUCA共同企画講演会

2022年 5月28日(土)

お茶大で生まれ育ったトポロジカル・インデックス


細矢 治夫
お茶の水女子大学名誉教授

1 数で遊ぶ
 人生の楽しみの中にはいろいろなものがあるが、「数で遊ぶ」というスタンスを私は大事にしている。私の生まれは昭和11年というゾロ目。そんなのはほぼ10年に1回来るからざらにある、というなかれ。西暦では1936年。これは44×44という平方数。次の平方数は45×45=2025だから、平方数自体が百年弱に1回しか来ない上にゾロ目の平方数はとんでもなく珍しいのだ。同級生達にもそれを自慢にするように宣伝している。
 私がお茶大に来たのは昭和44年というゾロ目の年。ここに西暦2002年までの33年間奉職した。この2002を素因数分解すると、2002=2×7×11×13となるが、これらの因数の和は2+7+11+13=33となり、これも私の自慢の一つだ。

2 トポロジカル・インデックスの誕生
 立花太郎先生は、無機化学講座の1-1-1を、1-0-1の無機化学と0-1-0の構造化学に2分して私を呼んでくれたのである。自由な新天地に私は喜んだのだが、同時に大いに悩んだ。私の出た東大物性研究所の長倉研究室は、分子の電子構造関係では当時世界的にも有数な研究室だった。そこと同じことを始めたのでは絶対に本家にかなうはずがない。そこで思いついたのがトポロジカル・インデックス (TI) の考えである。
 飽和炭化水素、つまりアルカンにはいくつかの異性体があるが、枝分かれとともに沸点やオクタン価などの熱力学的な性質が色々と違う。これの理論を第一原理的に解くのは至難の業だが、とにかく何らかの特性量を各異性体に割り振ることから始めてみよう。そこで考えたのがTIである。飽和、不飽和に関係なく、炭化水素のC原子骨格を表すグラフGの中で、k本の互いに隣り合わない線(結合)を選ぶ組み合わせの数を非隣接数 p(G,k) と定義する。ただしどんなG でもp(G,0) = 1 とする。p(G,1) = 線の数である。n-ペンタンを例にとると、そのグラフは5個の点を1列に4本の線で結んだ経路グラフとなる。それについてp(G,2) を数えると3となるが、p(G,3) 以上は全て0になる。従ってn-ペンタンのp(G,k) のセットは (1,4,3) となる。
 そこでp(G,k) の総和をTI (Z) と定義する。つまり、Z = Σp(G,k) である。n-ペンタンのZ = 1+4+3 = 8 となる。なお、不飽和共役系についてのヒュッケル法の特性多項式は、点の数N、隣接行列A、単位行列Eを使ってPG(x) = (-1)N det (A-xE) と定義されるので、それを計算するとPG(x) = x5-4x3+3x となり、係数が一致する。環を持たない非環式のグラフでは、この特性多項式と非隣接数の対応関係が成り立つことが一般に証明されるので、我が TI は不飽和共役炭化水素についても有用な働きをすることが示されるが、ここでは触れない。
 さてアルカンの異性体に話を戻すと。オクタンの9種の異性体のZは13から21まで一つずつ異なり、それが沸点と良い相関関係を示すことが分かった。グラフが大きくなると異性体とZの間の1対1の対応は崩れるが、いくつかの熱力学的な諸量とZの間の相関関係は非常に良いことが分った。更に、直鎖のn-アルカンの作る直鎖の経路グラフのZは有名なフィボナッチ数に一致する。これらのp(G,k) の表を反時計方向に45度回転するとパスカルの三角形が出現する。単環のシクロアルカンのグラフのZはルカ数に一致する。
 このように、我がトポロジカル・インデックスが非常に興味深い特性量であることが次々と分ったのだが、内外の学会の反応は冷ややかであった。

3 冷たい世間の目
 1970年のπ電子状態討論会の口頭発表は成功に思えたのだが、それのノートをChemical Physic Lettersに投稿したところ、こんな簡単なことは既に誰かが見つけているに違いないとか、物理化学的な議論が欠けているとかいうイチャモンで門前払いである。そこでフルペイパーにしてBull. Chem. Soc. Jpn. に投稿したところ、何人かの審査員が逃げ回った後にやっと受理された。それが、Topological index. A newly proposed quantity characterizing the topological nature of structural isomers of saturated hydrocarbons. (BCSJ, 44 (1971) 2332) [1] である。後に述べるように、これは海外では大きく評価されていろいろなTIが続出したのだが、国内では散々だった。
 その一つの要因は、折り紙や封筒による多面体の分子模型作りにも血道をあげた私の行いにあったのかも知れない。そちらの方でも大分頑張ってしまったのである。それに対して大学の同級生達の「細矢はお茶大で遊んでいる。」はまだしも、私の恩師は「細矢君は少しおかしくなったのではないか。」とうそぶいたらしい。少し変わったことを始めたくらいで気違い扱いにはしないのが今の世の中なのに、古き悪しき時代であった。
 また後で分ったことであるが、ずっと若い研究者達も変な目で私のことを見ていたらしい。我がTI 関係の仕事は、私の研究室の学生達の頑張りでどんどん膨らんで行った。まだ博士コースはなかったが、修士の学生が途切れることなく私を支えてくれていた。私の研究室では、修論の仕上げとしてM2の秋には学会発表を義務付けていた。口頭発表が無事に終わると、他大学の男子学生達が細矢研の学生を飲みに連れて行く。それはそれで結構なのだが、その後の修士2年の学生の何人かが、それまでの従順な態度を急変して私の言うことを聞かなくなってしまうという謎に私は悩まされたのである。
 実はその時、グラフ理論や数理化学のことをろくに知らない若者達が、「こういう仕事は定年後の先生のやることだ。」とか、勝手なことを女子学生に吹き込んだらしいのである。彼等は「大艦巨砲」という時代の風潮に飲み込まれて育てられていたのである。

4 海外の数学者と数理化学者達との交流
 そういう国内の化学の流れとは関係なく、私は意図的に海外の科学者や数学者との交流を重んじていた。元来「数え上げ多項式」という考え方は、ハンガリーの有名なG. ポリア等の数学者が化学の異性体の数え上げという問題の解明に提案されたものだが、私はグラフの特性化を目的としてTIの他にもいろいろな数え上げ多項式を提出した。1985年にDiscrete Applied Mathematicsという数学の雑誌にWiener polynomialというアイデアを出したところ、それはHosoya polynomialという名前で知られるようになったのである [2]。また、それより以前に距離多項式というアイデアをお茶大の紀要に載せたら、R. グレアムという高名な数学者の目に留まり、その知己を得るようになったし、F. ハラリーという著名なグラフ理論の大家とも仲良くなることができた。前者は、P. フランクルの数学とジャグリングの先輩、後者は秋山仁の育ての親であるが、このお二人に私は公私共にお世話になった。
 ところで肝心の化学の世界では、旧ユーゴのザグレブを拠点とするグループを初めとして、欧米諸国に大勢のお友達やライバルを持つことができた。その結果、彼等と2005年にInternational Academy of Mathematical Chemistry (IAMC) という組織を作ることができた。

5 Hosoya items とHosoya papers
 私の論文の中で、[1]と[2] はいわゆるseminal paper (多くの研究室のseminarで読まれるような論文) という称号を得られている。特に [1] は現在1900以上の被引用数があり、BCSJ でも2位か3位にランクされている。出版後半世紀を過ぎた今でも年間数十の引用があるから、2000を超えるのも時間の問題である。
 また [1] と [2] のHosoya index や Hosoya polynomial という語をHosoya items と呼べば、この他に、H matrix, H triangle, H cube, H entropy 等々10以上の Hosoya items が世間に通用している。それらは簡単にネット検索に引っ掛かってくれるが、そのどれの命名も私ではない。ほとんど外国の研究者がそう呼んでくれているのである。
 自慢話をあと二つほど。これらのHosoya itemsやHosoyaを論文のタイトルの中に含む論文を Hosoya paper と呼ばせていただくと、現在私が調べただけでも350以上の Hosoya papersが見つかった。その多くが外国の数学の雑誌に載った論文であるところが面白い。
 もう一つの自慢は、私の研究室を出たお茶大生の活躍である。33年間にかれこれ140名ほどの学士・修士・博士の卒業生が出たが、博士号取得者は15人以上で、大勢の中高の先生や国内外の企業の研究者の他に大学の教授が10人も活躍しているのである。鷹野景子さんは家政学院大の学長を、相田美砂子さんは広島大の副学長、橋本隆子さんは千葉商大の副学長を務めておられる。その他にも文筆家としてや、地道に我が国の国力の向上を支えてくれている人達が大勢いるのである。私のTI と一緒にこの人達も成長してくれたのである。
 文献 [1] も [2] もfree download できるので、直接読んでほしい。更に、TIの詳しいことについては自著 [3] を書いたが、意図的に数学者の興味を惹くような記述にしてある。

[1] H. Hosoya, Bull. Chem. Soc. Jpn., 44 (1971) 2332.
[2] H. Hosoya, Discrete Appld. Math., 19 (1988) 239.
[3] 細矢治夫, トポロジカル・インデックス-フィボナッチ数からピタゴラスの三角形までをつなぐ新しい数学-改訂版, 日本評論社 (2021).