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TOP講演会>女子中高一貫校の役割 〜理科好き女子は、伸び伸びとした環境でこそ育つ〜

桜化会OUCAオンライン講演会

2021年 7月11日(日)

女子中高一貫校の役割
〜理科好き女子は、伸び伸びとした環境でこそ育つ〜


大内 まどか
S63年化学科卒、H3年修士課程修了
鴎友学園女子中学高等学校教諭

 鴎友学園女子中学高等学校は、1935年(昭和10年)に東京府立第一高等女学校の同窓会である鴎友会が、府立第一高女の校長であり女子教育の先覚者と仰がれた市川源三の教育理念を体現するために設立した学校です。市川源三は、東京高等師範学校在学中に雑誌「女子教育」を出版、男尊女卑が当然の時代に「女性である前にひとりの人間たれ」「社会の中で自分の能力を最大限に発揮できる女性であれ」と主張しました。海外の教育理論を積極的に取り入れ、婦人参政権など女性の地位向上のために活動したことから、府立第一高女の祖と仰がれました。市川が大切にした「自学自治」「自動創造」「全人教育」は、その後鴎友学園にしっかりと根付き、受け継がれています。
 現在の鴎友学園は、生徒数1500名弱の完全中高一貫の女子校で、生徒は東京、神奈川、埼玉、千葉の広い範囲から通学しています。市川の教育理念を継承し、座学のみならず、芸術や体育、園芸、聖書、生徒会活動や部活動、学校行事、校外学習など、学校で行うすべてを「教育」と捉え、全力で取り組む学校です。
 生徒は4年制大学に進学するため高校2年生で文系・理系・芸術系の進路を選択します。毎年学年の半分が理系を選択し、その3分の2は理科で物理を選択します。また理系選択者のうち理学部、工学部に進学する生徒も多く、その進学先は医歯薬看護、生命科学、化学、建築、生活科学の他、一般に女子学生が少ないとされる電気、機械、情報、土木にまで多岐にわたります。
 鴎友学園において、このように生徒が多様な進路を選択する理由の1つには、特徴的な理科教育が挙げられます。オリジナルテキストを用い、女子の発達段階に合わせたカリキュラムを編成、中学では毎週2時間続きで実験を行い、定期テストには実技試験も組み込まれています。また、中2物理の「仮説検証型実験」や、中2地学の「お題」探求型授業、中3化学の2か月にわたって取り組む「未知試料分析」、中3・高1の「思考の物理」、高1生物基礎の実験の目的や手順をすべて自分たちで考えて取り組む実験の数々など、生徒が主体的に授業に取り組むためのさまざまな工夫を実践しています。

 しかし、鴎友学園が理系の女子を多く輩出する理由は、必ずしも理科や数学教育に力を入れた結果だけではない、と私たちは考えます。

 小学校時代の女子、特に首都圏で中学受験を目指している優秀な女子には、まじめでしっかり者の「お姉さん役」を担っている子が多い傾向があります。彼女たちは親や先生の期待を敏感に感じ取り、「女の子は男の子と違ってこつこつ勉強した方が伸びる」と言われ続けているがゆえに、時間をかけて原理を考えるよりも問題演習や暗記に頼った勉強に陥りがちで、人前で間違えることを極端に恐れます。また、少しの躓きでも「女の子は理科や算数が苦手」というレッテルを貼られやすく、それが成績にも影響を及ぼしがちです。そのため、中学に入学したときに、彼女たちが安心してトライ&エラーをできる人間関係をいかに築けるかが、その後の学習に大きな影響を与えます。鴎友学園では、3日に1度の席替えや、エンカウンター、アサーション・トレーニング、多くのグループワークなど、いろいろな仲間とコミュニケーションをとる機会を用意することにより、仲間作り、集団作りを丁寧に行っています。
 中学受験を経て入学してくる生徒たちは、ドリル的な問題演習や暗記によって受験を勝ち抜いた成功体験を持っています。そんな彼女たちが、じっくりと時間をかけて真理を探究する本質的な学びの楽しさに気づくためには、テストの点数や偏差値にとらわれることなく、また成績によって競争させられることなく、伸び伸びと考えられる環境が大切です。中高一貫校には、そのような「学び方の転換」がスムーズにできる利点があります。
 学校のカリキュラムが女子の発達段階に合っていること、学習に躓いたときに女子生徒にあった指導が受けられること、これも重要です。一般に思春期の女子は自己肯定感が低くなりがちで、一つの教科に躓いただけで学習意欲が下がりやすくなります。そこで、低学年のうちは理数教科に特化しすぎず幅広く学ぶことや、躓きそうになったときに的確な助言で支え、励まし続ける指導者や仲間が存在することが重要になります。彼女たちが「分からない」と感じているときは、対話を通して自ら気づけるような指導法も有効で、こういう点は男子生徒を指導するときとは異なるのではないでしょうか。
 周囲の大人の意識改革も大切です。親や教師の職業観が今の時代にアップデートできていないと、今の女子中高生にとっては社会が魅力的に映らないばかりか、進学先のミスリードにもつながってしまいます。ロールモデルとなる人物に講演を依頼する場合も同様です。企業や大学の女子中高生向けのセミナーやオープンキャンパスも、10年前、20年前とさほど変わらないアプローチになっていないか、今時の若者を掴む工夫はできているか、ぜひ一度見直してはいかがでしょうか。

 このように、理系の女子を育てるためには、学習環境以外にも考えなければならないことがたくさんあります。そして、今回の講演を通して桜化会会員の皆様に特にお伝えしたいのは、ぜひ理系女子の裾野を広げるために、皆様の力を貸していただきたいということです。
 上述のように、今の日本において理系教科が得意な女性を増やすためには、中高時代の教育にさまざまな工夫が必要です。言い換えれば、現在理系教科が苦手と感じたりSTEMに関心がないと考える女性の中には、その人の能力や資質とは別の原因、例えばこれまで置かれた教育環境に起因するものがあるかもしれません。だからこそ、社会人になってからでも理系のさまざまな分野に興味を持てる企画や学ぶチャンスを増やして欲しいと願っています。中高生が理系へと自信を持って進むためには、彼女たちの周りにいる大人の女性の意識を変えていくことが何より大切です。そして、理系の専門教育を受けた皆様は、理系の女性を増やすことの大切さを、実感を持って伝えることができます。だからこそ、ぜひ理系の進路や理系の学び、その先に広がるキャリアを肯定的にとらえることのできる女性をひとりでも多く増やすために、皆様の お力をお貸しください。