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社会人3年次編入体験記

2022年7月27日更新

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2012年度 3年次編入試験合格 2018年度 博士後期課程修了
細田絵奈子

私は2019年お茶の水女子大学ライフサイエンスの千葉研究室において、博士号を取得した。

学部4年生のとき、ヒトデ卵の減数分裂に関するテーマをいただき、毎日ヒトデの卵に向き合った。この6年半におよぶ私の研究生活は、2011年に13年間以上勤めていたCM制作会社を辞め、お茶の水女子大学生物学科の3年次編入試験を受けたことから始まる。3年次編入で獲得した2年間の学部生生活での経験は、生物学の基礎も知らなかった私の研究生活を大いに助けてくれた。この場をお借りして、3年次編入、特に社会人の3年次編入を検討している方々に、私が体験した3年次編入の利点と修士以降の研究生活について紹介しようと思う。

3年次編入のススメ 〜学びはじめの方に〜

最近、社会人の大学での「学び直し」が話題になるようになった。社会人が仕事で求められる能力を大学で「更に」学ぶから「直し」なのだろう。しかし、私の場合は、大学時代は文化人類学を学び、職業は映像制作を選んだので、どっぷり文系・美術系の文脈の上を進んでいた。それにも関わらず、母の闘病を経験したことで、全く文脈の異なる「生命科学」を学ぶことにしたのだ。つまり37歳にして、「学び直し」というより「学びはじめ」ることを決意したのだった。

私のように、心機一転「学びはじめ」を決意する方々には、3年次編入をオススメする。理由は3つある。ひとつは、基礎知識の習得。ふたつめは、発表の機会が多く与えられること。最後に人脈づくりが容易なことである。

理由1:まとまった基礎知識の習得ができる

生物の基礎知識は、植物から動物までとかなり幅広い。全く知らないところから個人で勉強するのは効率が悪いが、必修の座学を履修すれば概ね網羅できる。また、実習では、実習ノートの書き方からピペットマンの使い方、あらゆる実験手法とその失敗まで色々と体験できる。編入生の利点は、これらの知識を1-1.5年でぎゅっと詰め込めむところにある。詰め込み学習というと聞こえが悪いが、得た知識をすぐに実習で活かせ、定着率がよい。この知識が活きるのが、4年生(現在は3年生後半)からの研究室配属後である。研究室では、まず先輩から実験を教わるのだが、3年生までの授業を理解していることが前提となっているため、何も知らないと実験に入れない。また、論文を読むときも、基礎知識がなく苦労するはめになる。

理由2:さまざまな発表の機会を得られる

研究結果をうまく説明するのは、ある意味で実験結果を出すことより難しい。理系特有の作法、強調ポイント、ストーリーの組み立て方があり、それを理解する必要がある。学部生には、実習の結果発表や授業の中でさまざまなプレゼンテーションを通して、発表の訓練をする機会が用意されている。回数をこなしたのち、なんとか自分の1年間の卒業研究発表に挑む。この卒業研究発表はわずか10分ほどのプレゼンテーションなのだが、文系出身だった私は全く要領を得ず試行錯誤してしまった。結局、先生のOKが出たのが、発表前日の21:00。発表当日は雪が降り出すなか、朝早くから研究室のプロジェクターにかじりついて発表練習をしたのを覚えている。かなり苦戦したが、これを機に発表構成のコツをつかむことができ、大変有意義であった。

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卒業研究発表
学部4年生で行った研究の集大成を発表。発表後の質疑応答では、何度経験しても緊張する。

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課外活動での研究発表
女性リーダー育成プログラムに参加し、企画した講習会での発表。望めば授業以外でも、さまざまな発表の機会が得られる。

理由3:かんたんに人脈づくりができる

人脈は財産というが、授業で培った人脈が後々の実験遂行に役立つ。理転の編入生は、必修の実習が1-3年次分あるので、三学年にわたって同期ができる。臨海実習などの機会もあり、泊まり込みで実習をするうちに、同じレポートに取り組む仲間意識が芽生えるのだ。実習室のテーブルで、20歳ほど年下の同期たちに物理や化学の基礎を教わったのは、本当に楽しい思い出だ。この同期たちは進学すると各研究室に散らばって、各自の研究に必要なノウハウを習得していく。そして、さまざまな実験方法や機材の扱いを気軽に相談できる相棒となっていく。また、学生の人数が少ないため、先生との関係性も深くなる。学部のときに沢山質問しておけば、おのずと研究の相談もしやすい関係になれる。私の場合は先生との方が年齢が近いこともあり、お茶会・飲み会と色々な先生の研究室に顔を出し、現在も相談に乗っていただいている。

このように、「学びはじめ」る方々には、3年次編入で研究生活の地固めをするのをオススメする。はじめの1年でお茶大の各研究室の特徴を知ったら、お試しに希望の研究室で実験をさせていただくのもよし。もし、自分の研究したい方向性が明確に見えたら、他大の研究室にラブレターを送り、修士から移るという選択肢も広がる。研究したい方向性というのも、やはり多種多様な研究を識ることによって定まってくるからである。

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館山での公開臨海実習
ブラウン大学Gary Wessel氏の実習。5日間かけて海洋生物の生態と発生を学ぶ。共同作業で絆が深まる体験。

研究生活のススメ 〜修士以上に進む方へ〜

 私の30代前半は、母の看護と祖母の介護に費やされた。闘病や死を経験したときに、感じたのは生命の複雑さと脆さであった。ひとつの組織の不調が、やがては全体の死に繋がる。当然訪れる「死」よりも、細胞の働きの成功と不成功の絶妙なバランスの上に成り立つ「生」という現象が奇跡的で不思議だと強く感じた。その生命現象の仕組みを理解したい、という思いが大学に入る大きな動機であった。そのため、生物学の基礎科学を重視している大学を選んだ。なかでも生命の始まりともいえる、発生について興味を持った。

 そこで、分子発生学教室である千葉研究室を訪ねた。すると、先生から「じゃあとりあえず、ヒトデの卵成熟でも観察して・・・」と言われ、ヒトデの卵と顕微鏡とホルモンを渡された。「ホルモンをかけたら、20分くらいで成熟するから・・・云々」という、解説を耳にしながら、卵の観察をはじめた。顕微鏡の視野内にはヒトデ卵100個くらいが奇麗に並んでいた。ヒトデの卵は、黄色くて、大きな核(核の中は薄い黄色)をもっており、まるで黄色い目玉のおやじのような見た目だった。20分くらいたっただろうか。その大きな核の縁が、100個一斉にぼやけたのだ。一瞬何があったのか分からなかった。さらに数分ののちに核の内と外が混ざり合い、均質な黄色い卵に変化したのだ。その同時性はとても美しかった。そして、その裏には細胞内分子の精妙な制御があると思うと、小さな興奮が湧き上がってきた。この現象は、ホルモンによって減数分裂が再開した際、活性化したリン酸化酵素により核膜が消失する「卵核胞崩壊」と呼ばれる現象だった。まさに発生開始の合図となるものである。

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ヒトデ卵の卵核胞崩壊(GVBD)
右下のタイマーが00mのときに卵核胞崩壊が始まる。イトマキヒトデ卵はこの現象が同調的に起こることが特徴。

 研究室配属のあと、「減数分裂の再開と細胞内pHの関係を探る」というテーマを与えられ、研究に励んだ。最初は、まさに「右も左も分からない」状態で、言われるがままに論文と格闘し、教わった実験を納得の行くまで繰り返した。そんな闇雲戦法に道筋をつけてくれたのは、休憩時間や進捗報告にかわされる、研究室仲間とのディスカッションだった。実験の結果の読み取り方、実験計画の立て方、失敗したときの原因の検証の仕方などなどを教わりながら、毎日自分の実験のストーリーを語りあった。話し合えば合うほど、色々な意見から新たな疑問が見つかって、その疑問解明に取り組む。そのうちに、毎日の実験結果が積み重なり、ぼんやりと自分の仮説が見えてくる…。こうなると俄然実験することが楽しくなり、早々に研究にハマってしまった。私が学部卒業後、博士課程前期後期あわせて5年半も研究し続けられたのは、一重に研究室の皆様に支えられてのことと、今でも感謝している。

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実験風景
卵にPh測定蛍光試薬を微小注射し観察する。卵の大きさは約180 µm。ガラスの針を使用し、薬剤を注入する。

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研究室メンバーとクリスマスの買い出し
研究室メンバーとは、朝から晩まで一緒。彼女たちとのディスカッションは得るものが多かった。研究室では、女子校ならではのイベントがある。

一見、同じことの繰り返しをしているようだが、各々の実験の結果は同じものはなく、毎日が新たな発見と工夫に溢れている。また分子のような目に見えないものの動きを想像し、取り扱うことは、日常生活とはまったく異なるミクロスケールでの思考を手に入れることである。そんなところが、研究生活の醍醐味だ。また、実験を積み重ねて得た生命現象の発見は、どんなものであれ、世界初の発見となり、これもまた日々の研究へのモチベーションになる。なにより私の研究の原動力になったのは、何回やっても同じように起こる「卵殻胞崩壊」という現象の美しさだ。見えない分子を実験によって可視化することで、この美しい現象を読み解いていく、そのお手伝いができたことが一番の大きな喜びである。

アメリカでは社会人が大学で異分野に挑むことは、キャリアアップに繋がりとても評価されるときく。残念ながら日本では、そこまで社会の理解がすすんでいないように思える。しかし、研究によって広がる視野を得ることは自分の人生をより豊かに充実したものにすることは間違いない。そして、楽しんで学ぶ人には人が集まり、新しい路が開ける。そう信じるから、私は、より多くの方に研究生活をオススメしたいと考えている。

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イトマキヒトデ飼育水槽室にて

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