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博士のススメ

2022年11月22日更新

 お茶大生物学科では、博士後期課程への進学を歓迎します。現在は、博士前期課程(修士課程)の修了者のうち、毎年10%前後の学生が博士後期課程へと進学しています。昔は博士号取得といえば、研究の世界で一生過ごすことを目指すのとほぼ同じでした。しかし、高度に複雑化した現代社会において、博士号取得者の高い専門性と幅広い知識、高い問題解決能力を活かせる場所は大きく広がっており、様々な分野での活躍が期待されています。
 実際に、お茶大で晴れて博士号を取得した学生は、大学や研究所のアカデミックポストだけでなく、企業(リコー、コーセーなど)の研究職や総合職、中高の教員、科学雑誌出版社の編集者など、お茶大で身に付けた高い能力を存分に発揮できる職場・社会で活躍しています。
 本ページでは、その先輩方から、博士後期課程への進学を検討している後輩へのメッセージを頂きました。

柴 小菊 博士 (2005年3月 博士後期課程修了)
筑波大学生命環境系・下田臨海実験センター・助教(執筆時)

 私は高校生のときの授業がきっかけとなり、生物学を学びたいと思うようになりました。お茶の水女子大学理学部生物学科に進学し、専門的な講義が始まると単純にみえた生物のルールを理解することが容易ではないことに気づきましたが、卒業研究で配属となった研究室での実験、先輩や先生方との会話などを通して、生物の複雑さに徐々に興味を持つようになりました。うまくいかないときにどのように工夫するのか、生き物の状態も含めて実験結果をどうやって正確に評価するのか、少人数で先生との距離感が近いというお茶大生物学科ならではの環境において、たくさんのことを学びました。修士課程に進むとすぐに周囲が就職活動の準備をし始めましたが、卒業研究を通して研究の様子が少しつかめたような時期でもあり、もうしばらく研究を続けたいと思うようになりました。
 博士課程に進むことは研究者になるというイメージが強く、不安もありましたが、研究室の自由な雰囲気と楽観的な自身の性質もあり、進学を選択することとなりました。博士課程では共同研究のためのメキシコ滞在、学会発表などを通じて多くの研究者と出会い、刺激を受けました。
 博士取得後は、研究テーマを大きく変えることなくホヤやウニ、クラゲなどの海産生物を材料に鞭毛・繊毛運動調節の研究をしています。研究以外の雑務も多い研究者は自分が想像していた研究者像とは少し違いましたが、才能とセンスと体力を完璧に兼ね備えていなければ絶対になれないと思っていた想像とも違いました。現在は博士を取得したあとのキャリアパスも多様になってきています。私は大学で研究を続けていますが、企業、教育関係、大学運営など様々な場で活躍している同世代の博士取得者が多数います。博士課程進学は必ずしも将来の選択肢が狭めるわけではありません。研究生活が楽しい、もうしばらく続けてみたいと皆さんが思われたときに、博士課程進学への躊躇が少しでも減るような環境や情報発信の場が今後より整備されることを願っています。

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最近の筆者

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実験材料のホヤ精子(左)とカブトクラゲ(右)

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博士後期課在籍時に訪れたメキシコで、指導教員の馬場昭次先生とピラミッド前で撮影


秋山 央子 博士 (2011年3月 博士後期課程修了)
順天堂大学 健康総合科学先端研究機構 併任:医学部神経学講座 特任助教(テニュアトラック) 文部科学省 卓越研究員(執筆時)

 私は博士課程修了後、お茶の水女子大学大学院にリサーチフェローとして2年間在籍していました。その後、脳研究の道に進むために理化学研究所に移り、ライデン大学(オランダ)への留学を経て、現在は順天堂大学医学部にてパーキンソン病の治療を目指した基礎研究を行っています。
 私の研究対象は、ステロール配糖体(SG)という糖脂質です。SGはバクテリアからヒトまで広く保存されていますが、動物ではその合成経路が不明でした。私は修士課程在籍時にその合成経路を偶然見つけたのですが、それは他の生物で既に知られていた合成経路とは全く異なるものでした。当時、私は博士課程への進学は決めておらず就職活動をしていましたが、他の生物とは異なる動物でのSG合成経路に興味をもち、合成酵素を同定したいと思うようになりました。在籍していた研究室には博士課程に進学している先輩や女性研究者が多く、皆さん研究をとても楽しんでいました。また、周りの教員の方々が進学を応援してくださったため、私は博士課程に進学することを決めました。
 その後、研究環境や共同研究者の方々に恵まれたお陰で、動物のSG合成酵素を同定することができました。同定した酵素は既知のタンパク質でしたが、驚いたことにそのタンパク質の遺伝子における変異は、パーキンソン病発症率を増加させることが知られていたのです。私は、SG合成というそのタンパク質の新しい機能がパーキンソン病に関与するのではないかと予想し、脳研究の世界に進むことにしました。脳にSGが存在するかどうかは不明でしたが、研究を進めて脳での存在を明らかにし、現在はSGに着目してパーキンソン病の発症機構を調べています。
 博士課程では、将来自分の財産となる経験ができるチャンスが沢山あります。論文発表や国際学会への参加を通して世界と繋がることができると新しい景色が広がります。少しでも博士課程への進学に興味があれば、周りの先輩や教員の方々に実体験を聞いてみてください。私もそうであったように、進学を後押ししてくれるきっかけが見つかるかもしれません。

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質量分析装置と筆者。この装置で脳内のステロール配糖体などの脂質を分析しています。


渡邊(松脇) いずみ 博士 (2016年3月 博士後期課程修了)
光塩女子学院 中・高等科 理科科教員(執筆時)

 私は、生物学科4年生から博士後期課程までの6年間、加藤研究室で植物生理学の研究を行いました。環境問題の解決に貢献できる研究に携わりたい思いがあり、バイオ燃料となりうる油脂を細胞内に蓄積する微細藻類を材料に、油脂を生合成する仕組みの解明や、微細藻類が周辺環境へ与える影響調査を行いました。最初は実験操作に慣れるのに一苦労で、卒業研究が終わる頃、ようやく少し慣れてきました。博士前期課程に進学すると、少しずつ研究の進め方が分かってきて、新しくできた培養室で実験の幅が広がり楽しくなってきました。博士後期課程への進学は不安もありましたが、研究が面白くなってきたところでやめたくない、もう少し続きをやりたいという思いがどんどん強くなり、進学を決意しました。
 研究室では、毎日、実験に明け暮れていました。生物を相手に、実験条件をそろえ正確に結果を出すため、非常に繊細な作業でした。丁寧に心を込めて実験をしても、結果につながらなかったことは数多くありました。うまくいかないとがっかりしましたが、指導教員から励まされて、研究では失敗の方がはるかに多くて当たり前だと知り、次の実験もがんばろう!とめげずに続けました。十分なデータをとり、その中から、科学的に正しく意味のある、新しい発見を見つけ出していく研究生活を通して、大きく鍛えられたと思います。自分がやりたいと思ったことを全力でやりきって博士論文を仕上げ、発表できた時はとても嬉しく、達成感がありました。
 印象に残っている実験は、沖縄県の宮古島まで行って調査をしたことです。サンプルの分析はとても緊張しましたが、貴重な経験でした。研究室の皆さんと、大学近くのお店でお好み焼きを食べたのも、楽しかった思い出です。
 現在は、1歳の娘を育てながら、生物学を専門的に学んだ経験を活かして、光塩女子学院中・高等科で理科を教えています。もともと理科の教員になりたかったので、博士課程在学中から中高で非常勤講師を勤め、大学院修了後に教職の道に進みました。研究の話をすると興味を持ってもらえるので、授業で時々話題に出しています。授業を行い、質問を受けて生徒たちとやり取りをする中で、どうしたら分かりやすく、理科の面白さが伝わるか、試行錯誤の連続で新しい学びが多くあります。中高の理科は広い分野にわたるので、専門に学んだ植物生理学以外の分野も勉強すると面白く、毎年経験を積むごとに知識を深めていきたいです。学校現場では、授業中の実験指導、大学入試に向けた実験考察問題の指導、生徒の自主研究の指導など、多くの場面で、大学院生時代に様々な実験をした経験を活かすことができ、博士課程で培われた力は私の財産になっています。自分の研究テーマにとことん打ち込みたい方は、是非、博士課程で充実した研究生活を送ってください。

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実験中の筆者(左)、学会発表の際の研究ポスターと筆者(右)

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